名古屋地方裁判所 昭和44年(ワ)721号 判決
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〔判決理由〕(事故の原因)
<証拠>を綜合すれば、つぎの事実が認められる。
本件事故は、昭和四三年八月二五日午後九時三〇分頃、丹羽郡大口町大字外坪字大島九九三番地先の交差点内で発生した。当時の天候は激しい雨の降り出す前の曇天で、附近には人家も照明灯もなく真暗であつた。事故現場附近の状況は東西道路と南北道路が交差している。東西道路は、巾員6.3メートルの平垣、直線状の舗装道路(県道)であり、南北道路は、巾員3.4メートル、平垣、直線状の舗装道路(町道)である。交差点の四周はすべて田園で、当時八月下旬の稲は0.8メートル程の丈に生長していた。
訴外川瀬信男(被害者)は、当時一六才で、同年八月二日自動二輪車の運転免許を取得したばかりであつたが、自動二輪車(車名、スズキ・一二五CC)(以下A車という。)を運転して、この東西道路の西行車線を西に向つてかなりの高速(その速度についての明確な証拠はないが、後記B車との位置関係から見て、時速六〇キロメートルを超える速度であつたと推定される。)進行してきた。
被告は、普通乗用車(車名、トヨペット)(以下B車という。)を運転して南北道路を南へ向つて時速約四〇キロメートルの速度で進行してきたが、衝突地点から約二二五メートル手前で、左前方に東西道路を西へ向つて進行してくるA車の前照灯を認めた。被告はその儘進行をつづけ、衝突地点の手前約二五メートルのところへ来たときに再び左方に目をやつてA車の動向を見た。そのとき、B車とA車の直線距離は約56.0メートルで、A車は右折のウインカーを点滅させていた。しかし、A車はそれまでと同じ速度で進行していた。ウインカーの点滅を見て、被告はA車が本件交差点で右折するのであろうと考え、右交差点に至るまでの距離がB車の方は約二五メートル、A車の方は約五〇メートルであつたところから、B車の速度を上げて進行すれば、A車が本件交差点に来る前にここを通過できるものと判断し、目を前方にだけ向けて加速し(加速した速度は時途五〇キロメートル前後のものであつたと認められる。)、その儘交差点に進入して中心点を越え、別紙図面の衝突地点に達した。その瞬間、B車の左側面(左前輪の稍うしろ)にA車の真正面が激突した。
この衝突によつて、A車は前部が大破したばかりでなく、リヤ・ハブも割れ、B車は道路の南西に8.0メートル、それから0.9メートルの高低がある田園に2.0メートルジャンプして、更に、当時0.8メートル程の丈に生長していた稲田を8.4メートル押し倒して進行し……停止した。
以上の事実が認められる。
なお、本件では、A車が右折のウインカーを点滅させていたかどうかの点が事故の原因を判断する重要な争点であるから、この点について附加するに、(イ)衝突地点が交差点の東西の中心線を南へ越した地点であること、(ロ)A車は前示のとおり時速六〇キロメートルを超えるような高速でその衝突地点まで来ていること、(ハ)右のような位置、速度では本件交差点を右折することは不可能で、無理に右折しようとすれば北西の田園に突入してしまうこと、(ニ)被害者信男の自宅は東西道路の西方に在つて、南北道路の北方には格別同人がそちらへ行く事由はなかつたこと等を考え合わせると、当時被害者信男は本件交差点を西方に直進する積りで、右折の意図はなかつたと推測されるけれども、それだからと言つて、同人が現に右折のウインカーを点滅させていなかつたと断定することは相当でない。蓋し、被害者が運転していたのは自動二輪車でその構造から見ると運転者、殊に未熟な運転者が誤つてウインカーを点滅させることはあながちないことではないと考えられるし、被告は事故の直後から終始一貫してウインカーの点滅を認めたと供述しているのであつて、これ等の供述を仔細に検討して見れば本件においては、前示の認定(被害者の直進の意図)にも拘らず、右折のウインカーが点滅していたとの心証はついに動かし得ないからである。
右認定の事実によれば、本件事故は、被害者信男が右折の意図がないにも拘らず右折のウインカーを点滅させていたこと(道路交通法第五三条)、法定最高速度の五〇キロメートルを超える速度で進行していたこと(同法第二二条、同法施行令第一一条)の過失と、被告が左前方の注視義務を怠つていたこと、本件交差点に進入するに際しては徐行すべきであり、A車の通過を俟つて進行すべきであつたのにこれを怠つたこと(同法第三六条第二、三項)の過失が綜合して発生したものというべく、その過失の割合は、被害者信男の過失が四〇%、被告のそれが六〇%と認めるのが相当である。
二、原告等は、原告川崎敏正、同川瀬富雄が被害者信男の兄弟であつて、同原告等にも慰謝料が支払わらるべきであると主張する。この主張の当否を按ずるに、兄弟であつても被害者と密接な特別の生活関係があり、被害者の死亡によつて、死者の父母、配偶者、子が通常うけるであろう精神的苦痛にも比すべき深甚な精神的苦痛を蒙つたと認めらるべき場合には、その兄弟も自己の権利として慰謝料を請求できるものと解するのが相当であるが(最高裁昭和三三年八月五日判決、民集一二―一二―一九〇一頁、同昭和四二年六月一三日判決、民集二一―六―一四四七頁参照)、本件においては、未だ右の事実を認めるに足る証拠はない。(藤井俊彦)